令和2年2月の山門掲示板「脚下照顧」



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令和2年 2月の東光寺山門掲示板



最近NIKE社が開発したマラソンシューズが話題ですが、私たちの足下、履物に関連する禅語です

曹洞宗の大本山、永平寺、總持寺にも、仁井田の東光寺も含め多くのお寺の玄関に脚下照顧と書かれた木の板があります


禅語の中でも有名な言葉で会社や学校の標語になったりもしていますね




孤峰覚明

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脚下照顧(きゃっかしょうこ)



脚下は足もと、照顧はよく見て確かめる、或いは、行いを反省して一つ一つ顧みることの意、転じて履物をそろえるという意味




脚下照顧は鎌倉時代の禅僧・孤峰覚明の「照顧脚下(しょうこきゃっか)」という言葉を出典とする四字熟語の禅語です。覚明和尚は臨済の僧侶かとおもいきや調べてみたら、總持寺を拓かれた瑩山禅師に参学されていたりなかなか面白いですね、当時は曹洞宗と固定されずに色々な師の元を巡られていたのだと伺えます




脚下は私たちの足もと、照顧はよく見て確かめる





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考えてみると私たち日本人は朝家を出る時は靴を脱いで仕事や学校に行き、帰ってくると靴を脱いで家に上がります


少なくとも最低2回は履物を揃える機会があるということです


それは欧米諸国の生活様式と比べると格段に履物と密接にかかわっているといえるのではないでしょうか?



たかが履物のことかとおもってしまうかもしれませんが、禅の教えは考えと行動が一致しているものです



たとえば部屋の前にスリッパがきちんとならんでいたら、その部屋の中には履物をきちんと並べるような人がいるとわかります


逆にいくら言葉で取り繕っていても、玄関や部屋の前に履物が乱雑になっていればその中にいる人は・・・・



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私たちの行動や所作のひとつひとつは、インスタントなものだけでなくて、日々の心がけや心の持ちように密接にかかわっていることでしょう



行いを反省して一つ一つ顧みる



そう考えると少し難しい気がしますが、まずは玄関の履物、部屋の前のスリッパを揃えるところから自分自身を見直すキッカケが生まれると思います



履物を揃えるのではなく自然に揃っていく、その変化がこころが調う一つの姿でしょう

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